シナリオ「復讐の館」リプレイ風小説 第一章

第一章


 端末が鳴っている。関口がゆっくりと体を起こすと、そこは辺り一面が暗い場所だった。
(喫茶店が停電にでもなったのか。いや、そうだとしたら、ソファに座っておらず、こうして床に転がっていたのではおかしい)
 思考もそこそこに、手探りで端末のアラームを止めると、そばで四谷のうめき声が聞こえた。
「ここは、さっきの喫茶店、じゃないよな」
暗闇に負けそうになり、四谷の返事を求めた。端末にバックライト機能なんて付けていない。
「そう、みたいだね」
 眠たそうな声がする。まだ本調子ではないようだ。四谷に頼ってばかりではいられない。
 関口が目を凝らすと、暗い中、どこかに繋がるドアがある事に気が付いた。ドアに手を伸ばそうとして途中でぴたりとやめ、聞き耳を立てた。何も聞こえなかった。関口はほっと息をついて、ドアを開けた。ドアを開けると、差し込むまばゆい光に思わず目を閉じた。

 目が利いてくると、そこはどこかの部屋……家のリビングのようだった。視界の外から声が聞こえた。
「ああ、目が覚めたかい」
 関口は返事をしながらそちらを向いた。そこには自分達と同じ位の年齢をした青年が立っていた。
「ええと、目が覚めたっていうのは、どういうこと?」
関口は、自分でも頭が働いていないなあと思いながら、聞かれたことをそのまま返していた。
「あ、失礼しましたね。僕は竹野仁(たけの じん)と言います」
「ああ、どうも、ご丁寧に。僕はこういう者です」
 エンジニアのほうの名刺を渡したものの、まだ訝しげな表情で竹野を見つめる関口に、竹野は言葉を継いだ。
「えーと、僕は先程、あなた達と同じ喫茶店で食事していたのですけど、急にお二人が倒れてびっくりして……。で、近くに病院も無かったから、目が覚めるまでは僕の家で休ませようかと思ったんですよ」
 関口はうんうんと頷いた。先程から四谷の反応が薄いのが気にかかっていた。まだ具合が悪いのだろうか。
「あぁそうだ、せっかくですから、もう少し休んで行かれませんか? こんな所ですが、家の中は自由に見回って構いませんよ」
 そう言うと、近くにあった紙とペンを取って、家の間取り図をざっと書いてくれた。(いえいえ、お構いなく)そう言おうとする口を必死になって抑えた。もう少し休まないといけないのは、主に四谷のほうだろうが、関口も同じだろう。外に出た途端に倒れたら困る。
「ありがとうございます。ではありがたく拝見させていただきます」
 二階分の見取り図には多くの部屋と、さらに温室があり、自分の物件を持っている関口でも思わずため息がもれそうな家だった。特に温室という響きには、心が惹かれる物があった。
「では、僕は少し席を外していますので」
そう言った竹野を背に、関口は廊下へ出た。四谷は後ろからついて来た。

 物置のような部屋を通り抜け、温室へと向かった。
 見事な温室だった。ガラス製の天井と壁は、ビニール製の温室とは違う高級感を感じさせた。花と緑の空気が二人をやさしく包んだ。鉢、花壇、様々な植えられ方をした植物一つ一つの根元に、名前が書かれた札が刺さっていた。関口は、ぼんやりとその札を眺めて回った。
「ダイは花に詳しかったりするのかい?」
「うーん、わかんないな。でも、温室があるってすごいね」
そう答えた四谷の声は若干元気を取り戻していて、関口は安堵の息をついた。
 温室を出て先程の物置に戻ろうとした。……すると、温室の花々が、一斉にこちらへと顔を向けてきた気がした。関口はどきりとしたが、すぐに気のせいだったと気が付いた。前髪をかき上げ、額の汗を拭った。
 物置、そして向かいにあるがらくたばかりの部屋をぐるりと見回し、小綺麗な風呂場をのぞいた。台所はやめた。なぜかというと、きっと日が暮れるまで家電と戯れてしまうからだ。現に物置と風呂場でも電化製品を探していた。
 リビングに戻って来た。リビングには、椅子やテーブル、食器棚、そして棚の上に飾られた写真立てが幾つかあるくらいで、一般家庭のリビングと何ら変わりなく見えた。
写真立ては、折りたたみ式の写真立てで、左右に二枚の写真が飾ってある。左が幼少期の物だった。竹野と思しき男の子と男女が写っていて、今から二十年以上前の日付が入っている。これは、竹野の両親だろうか。関口はその写真を見て、少しほほえましい気持ちになった。
 右は十五年くらい前の日付になっている。男女は居らず、竹野らしき少年が一人で映っている。一人で撮った写真ということも考えられるが、もしや、およそ五年の間に両親を亡くす事故か何かがあったのだろうか。
 関口は、医療ミスがあったのではないか、という初めに抱いた疑問を思い出し、四谷のほうをちらりと見た。「ん?」といった様子で首をかしげた。関口は首を振り、杞憂だったと思い直した。

 二階へ上がって、書斎のドアをノックし、開けた。家主の竹野はいない。図書室のような湿ったにおいがした。様々な本が所狭しと並んでいる。三十分ほどかけてざっと見渡し、植物や心理学系統の本が多いことと、花言葉図鑑とアナグラムの本が本棚から出され、最近読まれていることがわかった。
「その本……割と最近読まれてるみたいだけど、どんなのだろ」
 関口は読みかけの本に特に興味は湧かなかったが、四谷に言われて、読んでみることにした。
 花言葉図鑑にはいくつかのページに折り目が付いていた。さらに、花の中には名前にマーカーがされているものもあった。
 関口は、先程の温室の花の札に書かれた名前と同じものがあると思い当たった。「オニユリ」、「アザミ」、「オトギリソウ」そして、「チグリジア」の四つが目に留ったので、その四つだろう。それぞれの花言葉は、オニユリが「憎悪」、アザミが「復讐」、オトギリソウが「怨み」、チグリジアが「私を助けて」だった。
 花言葉の図鑑を見て、温室にある花々に悪意が込められていることを感じ取った。
 もう一冊のアナグラムの本には、アナグラムがどのような物かが書かれていた。アナグラムとは、言葉を並び替えて遊ぶ、一種の言葉遊びのことである。例えば「入間先生(いりませんせい)」が「伊勢参りせん(いせまいりせん)」になる(ちょっと無理がある)。関口は、先程花言葉図鑑で見た「オニユリ」や「アザミ」などでアナグラムを作ってみようと試みたが、彼には少し難しかった。

 書斎の斜め前の部屋には、未使用の植物の鉢などが置かれていた。鉢の間に一冊のノートが落ちていた。関口は鉢の中にノートがある風景になんとなく違和感を感じ、拾い上げた。分厚く、ノートにしては重みがある。ぱらぱらとめくってみると、ノートではなくスクラップブックだった。
 中身には、ここ最近の世間をにぎわせている「連続失踪事件」の記事の切り抜きが貼り付けられていた。
 大まかな事件内容を以下に述べる。

 ここ数週間の間、本県(三重県)に住む人が立て続けに行方不明になっている事件が起きている。
 連続事件とされている理由としては、被害者らの年齢が近く、居なくなる前の様子が似ている事にあり、警察は被害者同士の関係や彼らの行方を調査しているが、一向に進展していないのが現状である。関口も時々確認しているが、遅々として進まない。
 事件の被害者は四名。関口は載っている名前でアナグラムを作ろうとしたが、難しかった。
 永元孝也(ながもと たかや)…28歳、フリーター、独身
 米岡元成(よねおか もとなり)…27歳、トラック運転手、既婚者
 香芝亮助(かしば りょうすけ)…27歳、自営業、独身
 福武富雄(ふくたけ とみお)…28歳、大工、既婚者

 被害者の名前を一緒にのぞき込んでいた四谷が「えっ……」と小さく呟いた。

 向かいの小物であふれかえった部屋を見回っていると、足元に何かを踏みつけた。拾い上げると、それは何かの鍵だった。関口は、竹野が鍵を失くしたことを想定し、後から渡すために持っておくことにした。

 部屋を出て、斜め前の竹野の部屋へ向かった。部屋のドアをノックした。反応は帰って来ない。
「入りますよー。竹野さーん」
 そう言ってから、ドアを開けた。竹野の姿はない。関口は、どこかで階下に入れ違ったかなと思いながら、部屋を見渡した。部屋には机と本棚、ベッド、クローゼットがある。部屋の正面には大きな窓があり、差し込む光が机をほのかに照らしていた。
 関口はおもむろに机に近づき、その上に置かれている日記を手に取り、読んだ。

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